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Wednesday 29 July 2009

『宮廷画家のプリンス』アーサー・シモンズ/A Prince of Court Painters by Arthur Symons


白いシンプルな靴にはやわらかい珊瑚色の大きなリボン、踝のみえる短めのズボンをはき、白くてだぶだぶのシルクの上着を身に着けています。その上着 には、襞のある扇形に広がる特徴のある襟がついています。なにやら丸い帽子をかぶり、脱力した両腕を脇にたらし、穏やかに開いた眉の下にやさしげな目を輝 かせています。
憂いを帯びた微かな微笑がそのピエロの衣装と対照をなし、広いルーブルで数々の絵画に食傷気味になった鑑賞者をさえ、立ち止まらせるのです。
「優雅な宴」(fêtes galantes) で知られる画家アントワーヌ・ヴァトーはいつも病気がちで、その為にあちこちを転々としました。晩年にはよい医者がいるというのでイギリスにまで渡りまし た。それでも、健康になり、たずねて来る友人にも邪魔されず、静かに作品に没頭したいというヴァトーの希望は生涯かなわなかったようです。イギリスから 戻って数ヵ月後に36才の若さで病死しました。
青年のころから、彼は自分自身の 人生の喜びや欲望には興味を失っていました。その代わり、他人の人生を観察することに喜びを見出していました。数々の優美な宴、幸福が閉じ込められている ような庭(T・ゴーティエ)、そこで楽しげに手を取り合う恋人たちーこれらは批判的で憂鬱な傍観者の覚めた筆により描きだされたのでした。
刹那的に生き、夢想に身を委ね、幸福に頬を輝かせている女性たちー彼女たちの姿を素晴らしく魅力的に描き出しつつも、彼はそのような人々と交わり同様に生きたいとは思いませんでした。
ヴァトーは悲しみと羨望を感じながら、情事
(la galanterie)のはかないうわべだけの美しさを観察します。そしてそれらに、敬虔と言ってもいいほどのまじめさを与えました。これこそ、他の軽薄な絵のみを残した画家たちにできなかったことでした。
悲しいお祭り騒ぎーヴァトーの絵画はリュートやクラヴィコードで奏でられる悲しげな音楽なのだ、とアーサー・シモンズは言います。弦は啜り泣きし、クイル(ハープシコードの弦を弾く爪)は空疎な音をたてる。ヴァトーの色彩は、常に色あせたものの色であり、枯れかけたバラの花びらの色なのだ、と…。
ウォルター・ペイターは、ヴァ トーの唯一の弟子であったジャン・パプティスト・ペイターの妹の日記という体裁を取って、ヴァトーの肖像を描きました。アーサー・シモンズはこの想像的肖 像(Imaginary Portrait)に、ヴァトーのすべてが完璧に描き出されていると書いています。
原書 : Colour Studies in Paris by Arthur Symons (1918)