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Saturday, 24 March 2018

『共感脳』The Empathic Brain by Christian Keysers



1980年代から90年代にかけて、イタリアのパルマ大学で、神経生理学者達がある発見をしました。それは、サルの目の前で研究者がレーズンを手に取って見せた時のことです。サルの脳に差し込まれた髪の毛ほどの細い電極が、脳細胞の興奮、「発砲」を感知しました。それを「…non, può essere!(あり得ない!)」と見ていた研究者が叫んだのは、その脳細胞の活動が、サル自身が同じようにレーズンを手に取った時に見られるのと全く同じものだったからです。こうして、後年ある神経科学者がジェームズ・ ワトソンとフランシス・クリックのDNA二重らせん構造の発見と比較するような、革新的な発見がなされたのでした。;脳には、自分が見た行為を、自分がまるで行っているかのように脳内に映し出す機能を持った脳細胞、鏡のようなミラーニューロンがあるという発見です。
ここから様々な実験を経て、人の運動においてミラーニューロンが働くように、人の情動においても同じように働く脳の一連の機能が発見され、「shared circuit(共有回路)」と名付けられました。
ところで、私はラブコメ映画が好きです。まず、ヒロインとヒーローはお互いに、いい感情を持たないところから話が始まります。『プライドと偏見』は理想的な筋立てです。紆余曲折、どんでん返し、感情の反転を経て気分が高まってゆくのですが、その気分の高まりは、ミラーニューロン、シェアードサーキットを発見したチームによれば、私の脳内に「物語の人々の経験」がフィクションとしてではなく「自分の経験」として、現実の感情が再現されているが故のものなのです。例えば、私に辛い失恋、片想い、そして夢のような相愛の経験があったとして似たような物語を見た場合、過去にその経験で興奮した脳細胞、興奮回路が刺激され活動し、共感する可能性は大でしょう。反対に、同様の、あるいは多少でも似たような感情を自身の中に持ったことが無ければきっとラブコメ映画や恋愛小説は退屈で耐えられないものに違いありません。
神経生理学者は、共感とは他人の気持ちを理解・認識することではなく、自分自身の中に同じ感情を引き起こすことだと言います。共感のための脳細胞、一連の脳の活動が、他人の感情を察知し、自分の中に映し出し、同じ感情を引き起こし、そして本当の意味で他人の気持ちを理解することを可能にしていると。

「ダンテ的精神のみが、ダンテを理解できる」

ありふれた事にも思えますが、時空を超えて、他人が持ったある特定の感情、ある精神活動に共感するという事は、実は気が遠くなるような可能性の中からの実現ではないでしょうか。自分の頭蓋骨に収まっている器官(宇宙でただ一つのユニークな構造を持っているもの)が、他のこれもまた唯一の器官の内部で起った活動に共鳴し、同じ振り幅で心を震わせる、まるで自分の精神に他の精神を呼び出すなどという事はー例えそれがダンテでなくともー奇跡的な事のように思えるのです。