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Saturday 5 March 2005

『逃げてゆく鏡』 ジョヴァンニ・パピーニ/Lo specchio che fugge by Giovanni Papini



パピーニのヨーロッパ文学・宗教への影響はあまり見いだされないのですが、ミルチャ・エリアーデには強烈な印象を残したようです。
エリアーデは青年時代の回想録で、パピーニの『終わってしまった男』を読み直すと、自分がパピーニの複製でしかないような気がした、と書いています。
また、ヘンリ・ミラーはこのようにパピーニを評しました、「ぼくにとっては、彼が排外主義者であるか、ちっぽけなキリスト者であるか、それとも近視眼的な衒学家であるかは問題ではない。一つの失敗として見ても、彼はすばらしい…」

パピーニは、『青い鳥』のメーテルリンクを厳しく批判しています。(『4 And 20 Minds』)そこに、似非神秘主義に対するパピーニの激しい義憤を見ことができます。
「実を言うと、メーテルリンクは、翻訳家で、抜粋者で、通俗の普及者である。彼はドイツからノヴァーリスを、フラマンからルイスブルークを、イギリスからフォードとシェークスピアを翻訳した。『貧者の宝』や、それに続く『二重の庭』、『埋もれたる殿堂』で、彼は原始
人の宗教的な神秘主義とカーライルやエマーソンの通俗的な神秘主義とを採りいれた。
『蜜蜂の生活』や『花の叡智』で、彼はファーブルの科学的な方法を通俗化した。それからずっと後に、アングロ・サクサンやドイツのお得意の趣味に合うように、(唯心論の流れのものや見神学のひと煌きもないではないが、)心霊学や心理学
的な研究の驚異と新奇を分配しはじめた。彼は『死』に関する著述から出発した。それは僕も注意して読んだが、記憶に値する程のものは、何もその中から見出せなかった。」
しかし今日も読まれ、人々を感銘させ続けているのはパピーニではなく、メーテルランクです。
それでも、「不当に忘れられている」(ボルヘス)、神秘家ではないが神秘主義の愛好家であった、パピーニの文学から発見される葛藤や痛ましい精神的失敗は、エリアーデや少数の読者の心に、深い印象を残し得るのです・・・。